デンタルサポート株式会社 社長ブログ

採用情報

寒竹

デンタルサポート株式会社 代表取締役社長・CEO 寒竹 郁夫

寒竹


歯科医師・歯学博士
1957年10月17日生
日本大学大学院松戸歯学研究科卒
尊敬する人物:織田信長、吉田松陰
好きな作家:司馬遼太郎、馬野周二
好きな言葉:小医は病を癒し、中医は人を癒し、大医は国を癒す
趣味:MTB(マウンテンバイク)、登山、読書(歴史)

開業医からスタートし、医療法人設立後、歯科医師として訪問歯科診療を全国に広めたいという想いから、デンタルサポート(株)を設立。「医療の倫理と企業の論理の融合」を理念に年商50億、従業員600人の歯科界最大のグループに成長させる。
その活動は歯科のみに留まらず、医科・介護へも参入し、「歯科・医科・介護をつなぐワンストップサービス」を提供できる、グループ構築に取り組んでいる。

2012年05月21日

三谷大和スポーツジム スパーリング大会

ボクシングを始めて早1年半になる。
きっかけは、三谷会長との出会いと友情からである。
「千葉から世界チャンピオンを輩出する!」という熱い意義込み・志に深く共鳴し応援したいと思った。
具体的な方法として、自分がボクシングを始めてジムに通うようにすることだ。
そうすれば、他の経営者たちにもその輪が広がっていくだろう。
三谷大和スポーツジムを活気づけるために、少しでも力になれればと思った。

そして先月29日、ついに「スパーリング大会」に出場することとなった。
今までは、三谷会長の指導のもと、ひたすら基礎づくりと体力づくりに励んできた。
試合となれば、それだけでは不十分で、相手を倒すための戦略が必要となる。

今回の対戦相手は、辛口のコメントで人気のあるジャーナリストの勝谷誠彦氏だ。
私よりも年齢が3歳若く、さらに体重も勝谷氏の方が10キロも重い。
その上、ボクシングは6年のキャリアだという。
初めて試合に挑む私にとってはかなりの強敵に思えた。
弱腰になっている私に向かって、三谷会長は「絶対に勝たせる、その作戦を考えるから本番までにそのとおりに従ってほしい」と言ってきた。
かつての東洋チャンピオンが真剣な眼差しでそういうのだから間違いないのだろう。
私は素直に三谷会長の指導に従って練習を積み重ね、それだけでなく食事や生活習慣の改善を行った。迎えた当日は不安よりも「三谷会長を信じてここまでやってきた、大丈夫だ」という自信の方が大きかった。

さて、試合は1ラウンド1分を2ラウンドというものだった。
会場には家族・社員・友人ら大勢の人々が応援に駆けつけてくれた。
試合開始のゴングが鳴ると、とたんに声援も聞こえなくなりまさに「無我夢中」であった。
1ラウンド目で既に大量の汗をかき息もあがった。2ラウンド目は必死だったこと以外は記憶にない。
結果は、3対0の判定勝ちであった。
安堵感と、応援してくれた皆への感謝の気持ちで一杯だった。

三谷大和スポーツジムにて

今回の経験をとおして学んだことは2つある。
1つは何事にも素直な心が必要だということである。その道を極めたプロフェッショナルからの教えやアドバイスには成功の秘訣が詰まっている。素直に教えに従い学ぶことで、自らも成功を掴むことができるのだ。今回も、三谷会長の長年の経験から導き出された作戦があったからだ。
2つ目は、自分が不得意とする分野や未知のことへも積極的にチャレンジすることが大事であるということだ。それには勇気と決断力が必要であるが、経営でもそれは同じだ。
特に若い社員にはどんどん新しいことに挑戦して欲しい。そして結果を出すためにどうすればよいのか思考錯誤する中で色んな発見があるはずだ。
54歳でもまだまだ、やってみたいことは尽きない。
今は、また勝谷氏と試合できることを楽しみにしている。

2012年05月01日

「さくらメディカル&デンタルクリニック」オープン(ドバイ)

外観:さくらメディカル&デンタルクリニック去る4月11日、昨年歯科クリニックのみで営業をしていたドバイのクリニックが、歯科・医科のクリニック「さくらメディカル&デンタルクリニック」としてグランドオープンする運びとなった。


当日はドバイ・ヘルスケア・シティー・プランニング・クオリティ部長アブドゥルカリーム氏、在ドバイ日本国総領事館から貴志首席領事のほか、現地に進出している日系企業で働く多くの日本人とそのご家族が足を運んで下さった。
約115名ものゲストをお迎えすることとなり、パーティーも盛大なものとなった。

さくらメディカル&デンタルクリニックの現地スタッフ写真

昨年の9月に視察をしてから半年、現地で言語や文化の違いを乗り越え開院準備を進めてくれたスタッフに心から感謝する。

日本人の医師が常駐するクリニックはドバイで初である。
クリニックの開院は、在ドバイ日本国総領事館にニュースとして掲載された。
「さくらクリニック」オープニングセレモニー(在ドバイ日本国総領事館)
現地の方々は、安心して医療サービスを受けることができる日系のクリニックが開業する日を待ち望み、そして期待していた。
これからはその期待に応えられるよう努力邁進する日々が始まるのだ。
海外で奮闘するスタッフが安心して働けるよう、国内にいる我々は全力でサポートしていく。

以前にも述べたが、DSヘルスケアグループがグローバル展開する意義というのは、グループの理念である「日本再生」の実現にある。
これからは、多くの企業にどんどん海外進出して活躍して欲しい。
その利益を国内に還元することで日本経済は活気づく。
DSヘルスケアグループは医療サービスの面からそれを支えたいと思っている。

そして、日本が誇る医療技術・サービスを世界中に広めていきたいとも考えている。
それだけでなく、日本の伝統や文化を、ビジネスをとおして発信していきたい。
「さくらメディカル&デンタルクリニック」で働く日本人スタッフは総勢3名である。
歯科医師2名、医科医師1名だ。その他のスタッフはオランダ、スリランカ、フィリピンなど
非常に国際色豊かだ。だからこそ、自国のことをよく理解していなければならないと思う。
日本が世界に誇る「おもてなし」の心で患者さんに向き合ってほしい。
今後は、現地クリニック主催のお茶会があってもいいなと思う。
日の丸を背負い、世界を相手にするということは相当な努力を要するということだ。
DSヘルスケアグループはまだその第一歩を踏み出したばかりである。
私もまだまだ勉強不足であるが、従業員のみんなにもその覚悟を腹に据え頑張ってもらいたい。

2012年04月17日

千葉世界茶会

東日本大震災から一年、千葉だけでなく今でも日本全国でその傷跡が癒えることはなく、暗く低迷した雰囲気に包まれている。
これを打破し、「日本再生」「日本創生」実現のために一歩踏み出すにはどうすればよいか?
また、我々がビジネスの拠点としているこの「千葉市幕張地区」。
観光や農業、漁業など様々な産業がある。今後はこの幕張をアジアの中心都市にまで成長させたい。国際色豊かで創造性が高く、政治・経済・文化が一体となった国際都市となるにはどのようにしていけばよいのか。

この2つの想いを実現させるために、昨年から「幕張経営者倶楽部」を立ち上げた。
「幕張経営者倶楽部」には、千葉市幕張地区を中心に活動をしている経営者・政治家・文化人などそうそうたる面々が参加している。
今は世界中からの資本が集約する「統合型リゾート(IR)」の誘致実現に向け積極的に情報収集や活動を行っている最中である。これが実現すれば、震災からの復興、そして次のステージへ進むことが出来る。千葉から、政治・経済・文化が一体となって震災を乗り越え、新たな一歩を踏み出すことができたならば、それをモデルケースにし、日本全体が元気になっていくだろう。
つまり「日本再生」「日本創生」である。

私たちのこの熱い想いを広く発信し、「千葉健在」のアピールとともに国際都市としての第一歩を踏み出す初日にしよう―と幕張でも桜が満開となった4月8日に、「幕張経営者倶楽部」のメンバーが中心となり「千葉世界茶会」と銘打って、春の茶会を催した。
場所は、県立幕張海浜公園見浜園内、茶室「松籟亭」。千葉県の各界でご活躍されている経営者、政治家、文化人、学識者を一堂にお招きした。
当日、茶室には震災からの復興の願いを込め、宮城・気仙沼から前日に亭主(SBライフサイエンス代表の中田敏博氏)自らが摘んできた椿と桜を飾った。また、主菓子も仙台で作られた桜餅を用意した。

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「茶道」とは、亭主が招客に「一期一会」の時を有意義に楽しい時間を過ごして頂くためにおもてなしを尽くす、いわば「心配りの極限の境地」である。また、「茶会」は、華道・香道・建築・歴史など日本文化を総している。世界を目指すにはまず自国のことを深く理解していなければならない。
今回、亭主を代表とする私たちの想いを一服の茶の湯に宿し、お招きした皆様に共感して頂いた。
そして、政治、経済、文化の垣根を越えて、ともに手を携えて一歩を踏み出す、まさに「和」の精神そのものなのである。
「千葉から世界へ」―私たちの活動はまだまだ一歩を踏み出したばかりではあるが、志は大きい。
今回の茶会では、それを存分に表現し、全員がそれを共有することができたと思う。
茶道の文化が人から人へ受け継がれていくように、我々の志も多くの人々に共感され、より大きなムーブメントになればと願う。

2012年03月30日

DSヘルスケアグループ 中国研修

先日、DSヘルスケアグループの中核を担う幹部メンバー総勢20名で当グループの戦略やビジョンを語り合うべく研修を行った。
場所は、当グループのクリニックや技工所を展開している中国の北京・上海だ。
当グループの戦略の要である「グローバル展開」の最前線の現場を、実際に見て肌で感じてもらいたかったのだ。

上海の摩天楼

1日目に北京、2日目に上海でそれぞれクリニックや技工所を見学し、現地のスタッフから様々な話を聞いた。
特に2日目の上海では、2月から上海で勤務している歯科技工士が技工所を案内してくれた。慣れない環境での勤務にさぞかし疲れているだろうと思っていたのだが、満面の笑顔で出迎えてくれたので驚いた。
彼は、今年2月から単身上海に渡り、当グループの技工所で働いている。
生後一ヶ月の乳飲み子を日本に残し、まだ生活衛生環境も十分でない上海の技工所で、そこで働くメンバー全員が同じ志を持って仕事ができるよう日々奮闘しているという。
彼がその決断をしたのは何故なのか。自分だったらその決断ができたか―?
そこに居た全員がそう感じただろう。
彼は「世界に日本の素晴らしい歯科技工を広めたいんです」とその場にいたメンバー全員と握手をしながら熱く語った。
この決断に迷いが無かった訳ではないだろう。しかし、それよりも高い志・目標を達成するために、彼は頑張っている。

上海技研 霜田さん

また、他の海外責任者からも「海外展開にはどうしてもリスクがつきものです。しかし国内のメンバーがしっかりと基盤を築きサポートしてくれるから、リスクをとって事業を展開することができるんです」と話してくれた。

中国研修集合写真(場所:上海技研)

今回の研修をとおして、DSヘルスケアグループ国内外の志が一つになったように感じた。
しかしまだ一歩を踏み出したにすぎない。世界一の医療グループ実現への道のりは遠く険しい。
本来は社員全員に海外の現場を見せたいというのが本音ではあるが、今回は代表して20名のリーダーに参加してもらった。これから、それぞれの部下にこの志を伝達して欲しい。
日々の仕事に忙殺され、ついぞ忘れがちな大切なものが何かを再確認して欲しい。
グループ社員1,000名全員のDNA(魂)にスイッチが入れば、たとえゴールが遠くとも必ずそこに到達することができるはずだ。

2012年02月14日

ベトナム ハノイ

先日、DSヘルスケアグループ医院の候補地を視察してきた。
場所は、ベトナムの首都、ハノイ。
1泊2日の強行スケジュールであったが、しっかりとした手ごたえがあり
充実した時間を過ごすことができた。

ベトナムは、昨今では、「チャイナ・プラス1」として注目されており、
日本の大手企業が積極的に投資していると聞く。
国民性が日本人と似ていて勤勉で温厚である。

人口8500万人のうち50%以上が30代以下だというから
高齢化が進む日本と比べると、将来性が高い。
今後、アジアのビジネス・観光の中心として大いに成長するであろう。

ハノイ市内は、バイクと車のクラクションが常に鳴っているような
アジア特有の、雑多な賑やかさにあふれていた。

ハノイ医科大学やその付属病院、空軍医学院を見学したが、
先進国に比べるとまだまだ不十分で遅れているという印象であった。

近代的な医療設備が整ったクリニックが少なく、
慢性的なスタッフ不足もあり医療サービスの質の低下が
大きな問題となっていると聞いた。

しかしその現状を打破しようと努力奮闘する医師たちの熱意はひしひしと伝わってきた。

そして、今回は在ベトナム日本大使館を訪問し、
特命全権大使と面会するという大変貴重な経験をすることができた。
当グループのクリニックが開院するとお話したところ、とても感謝された。

ハノイに進出する日系企業が増加する中、
日本の医療サービスが現地で受けられることは大変ありがたいことだそうだ。

日本企業が海外、特にアジアに進出する際、現地医療への不安や、
できれば日本人の医者に診て欲しい…といった声が多く、
それが原因で海外進出に尻込みすることもあるそうだ。

我々が海外・アジアにクリニックを開院することで、
企業が安心して海外進出ができるようになれば、
日本経済全体が回復していくことに繋がる。
それは「日本再生」を掲げる当社の使命に他ならない。

DSヘルスケアグループが積極的に海外展開していく意義はここにある。

まだまだやるべきことが山のようにある。
今回の出張をとおして、当社の使命について改めて考えさせられた。

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「ハノイメディカルセンターにて」

2012年01月23日

世界一の医療グループを目指して

新年あけましておめでとうございます。本年もどうぞ宜しくお願い致します。


先日、毎年恒例となっている「新春全体研修」を行った。
今回、700名近くの従業員が一堂に会し、その光景はとても感慨深かった。
まず感じたのは、創業時にひしひしと感じた“感謝の気持ち”を決して忘れてはならない
ということだ。


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今から24年前、創業した年の忘年会は自分とスタッフあわせてたった3名だった。
頼んだアジの干物に誰も箸をつけず持ち帰ったことをとてもよく覚えている。
お金もなく、患者さんが来てくれることが何よりも嬉しかった創業時の気持ち、
感謝の気持ちを持ち続けたい。当社がここまで成長することができたのもひとえに
患者さん・利用者さんならびに社員をはじめとした多くの人々の温かい支援あってである。
改めてそのことを強く心に刻みこんだ。

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そして同日、「DSヘルスケアグループ」が誕生した。
「歯科・医科・介護のワンストップサービス」の提供をより強化すべく、
グループに属する企業・医療機関全体で「志・理念・戦略」を共有し、
地域医療全体のカバーの実現を目指す。
目標は世界一の医療グループだ。


その実現に向け、「DSヘルスケアグループ」は二本の柱を打ち立てている。
一つは「歯科・医科・介護」の一括提供の強化と地域包括ケアだ。
高齢化社会において、これからは地域ぐるみでケアを行う「地域包括ケア」の必要性が
高まっている。当グループは「歯科・医科・介護のワンストップサービス」を
提供することにより、地域社会に貢献していく。
そのためにも医療・介護のスタンダードを構築し、
「新成長戦略」「日本再生の基本戦略」に国策として掲げられている
医療・介護の産業化をフロントランナーとして担う。
これからの地域社会に貢献し、社是である「日本再生」を実現する。


二つ目は「グローバル展開」である。
今後、アジアは急激に高齢化を迎える。
中国における介護事業の市場は100兆円ともいわれる。
先立って高齢化を迎えた日本がどのようなスキームで乗り越えようとしているのか
世界中が注目している。日本のヘルスケアサービスを求めている地域は多い。
市場は大きく、やりがいもある。早速来月、ベトナムに視察に行くつもりだ。


閉塞感漂う日本を元気にするには、一人ひとりが元気を出すしかない。
日本経済を元気な企業が牽引していくしかない。
「DSヘルスケアグループ」にはその使命がある。
志をともにする約1000人の従業員全員がスイッチを入れて、
元気で明るく仕事に取り組むことで地域が明るくなり、
やがて日本全体が元気になっていくのだ。
1000人が本気を出せば必ずできると信じている。

2011年11月24日

私利私欲を捨て、「公」に尽くす

先日、公開中の映画「1911」を見てきた。
これは、1911年10月10日に起きた「辛亥革命」から今年で100年を迎えることから、
それを記念して製作された映画だ。孫文が起こした辛亥革命は
中国の民主化のきっかけとなり20世紀の中国にとって大きな転機となった
歴史的な事件である。同時に、アジアを中心とした世界各国に大きな影響を与えた。
今年は100周年を記念し、中国そして台湾で大々的なセレモニーが行われたそうだ。
辛亥革命の後、中国は共産化し台湾が民主化の道を歩んだため、
この革命の本流は台湾にあるという説が有力である。
(辛亥革命には複数の日本人が非公式ながら援助を行っている。
本来日本は、戦略的に台湾と友好関係を構築すべきではないか。)


さて、中国の歴史を塗り替えるほどの革命を成し遂げた孫文は、
農家の生まれで、ほぼ一文無しであった。
しかし、そのような孫文に何故国内外を問わず大勢の人々がついていったのか。
その理由は、彼が私利私欲を一切捨て、人民のために行動したからである。
大きな事を起こすには、絶対にぶれることのない「志」と、
大義名分がなければ成し得ない。
映画「1911」の中では、そのことについて度々取り上げており、大変印象深かった。


会社や仕事でも、私利私欲を満たすことを目的としたのでは大成しない。
国があり、地域社会があり、その中に企業は存在する。
まずは事業をとおして社会貢献することが第一であり、
その結果として利益が生じるのだ。
加えて、しっかりとした「理念=志」がなければ、
途中で目的を見失い路頭に迷うこととなる。
まずは先頭に立つ者がしっかりと高らかに「志」を掲げ、
その想いを全員と共有しなければならない。


当社は「日本再生」を社是に掲げている。
事業をとおして日本が直面している未曾有の国難に貢献したいと思っている。
孫文のように私利私欲を捨て、志強くありたいと思う。

2011年10月17日

園遊会への参列

13日、天皇、皇后両陛下主催の秋の園遊会が東京・港区の赤坂御苑で開かれた。
高校の同期である野田首相の推薦で招待され参列してきた。

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園遊会に招待されるのは、内閣総理大臣をはじめとする国会議員、
三権各機関の要人、都道府県の知事・都道府県議会の議長、
その他各界の功労者など、その配偶者を含めた約2,000名である。


何故今回、私がこの栄誉に与かったのかと考えると、訪問歯科を全国展開
している当社が評価されたのか、あるいは、常日頃から随所で語っている
私の想いが密かに通じたのか。

その想いとは、
「未曾有の国難の中にある日本。今後、天皇を中心に再生をはからなければ、
この国の復活はない。“国体”を取り戻さねばならない」
ということである。

そもそも、日本国の国体、すなわち本質は天皇の存在にある。
紀元前660年から、天皇は日本の中心であり、日本の歴史は2600年以上も
その伝統の中で続いてきた。
しかし戦後、天皇制は残されたものの、国民にとって天皇は国の中心である
という意識が抜けてしまっている。
その意識の欠落を埋めなければ、この国の再建・再生はない。

物事は中心が大事であり中心で全てが決まる。
それを何処に据えるかが我が国では決まっていない。
そのため、今日本が抱えている様々な問題は解決せず、
リーダーも育たず、国のシステムは機能していない。

それは自明の理だ。

これは、思想として良い悪い、イデオロギー云々ではない。
日本という国の国体(中心)は天皇である。それが本来の日本のあるべき姿であり、
そういうシステムなのだ。


そして、それを国内外にアピールする場、その1つが園遊会なのである。
この他にも、国民の幸せを願って天皇が行う祭祀は年間200にのぼると
聞いたことがある。

その行事ひとつひとつが天皇という存在が日本という国の中心である
ということを示すものなのである。

まずは、国体をしっかりと据えた上で、政治問題や外交問題、経済の回復、
官僚制度の改革などに着手しなければならない。小手先の改革や、
政策を実施しても、その大本を正さなければ、結局は徒労に終わってしまう。

天皇が日本の国体(中心)であることを踏まえ、日本再建・再生に向けた
様々な政策を実施すべきである。
例えば、2010年6月に政府が公表した「新成長戦略」の1つにもある
医療・介護を産業化することである。


社是に「日本再生」を掲げ、歯科・医科・介護のワンストップサービスを
トップランナーとして提供している当社。
中国、ドバイをはじめとしたグローバル展開に加え、
千葉県柏市で進めている地域包括ケアのプロジェクトがある。
どちらも最終的には「日本再生」に必要不可欠なものだと確信している。


では、具体的にどのようなプロジェクトに着手しているのか。
それについては次回以降詳しく語るとする。

2011年09月28日

ドバイ

先日、ドバイの医療特区内にグループ医院の開院契約のため
ドバイに行ってきた。2泊4日の強行軍だ。
12月に開院予定のクリニックは、医師がインド人、アシスタントがフィリピン人、
受付がスリランカ人と、とても国際色豊かだ。

初めての中東だったが、まずは入国の際に驚く。
全世界から富裕層の人々が集まるドバイ。
他の多くの欧米人が入国審査のため、長蛇の列を作る。
が、日本のパスポートを持っている私達はほぼフリーパス状態。
日本の信頼、ブランド力を改めて感じた。
外国に出て、初めてわかる日本の良さ。
先人たちが築いてきた一番の財産だと思う。

そしてもうひとつ。
なんと、ドバイ総領事と食事をご一緒する機会があった。

わざわざ総領事館公邸に招待され、
総領事とともに、フルコースを堪能させていただき、歓待を受けた。
これは、日本の医療が海外でも非常に喜ばれているという表れだ。
まさしく「日本再生」を掲げ、日本の医療トップ企業を目指す当社にとって、
日の丸を背負って頑張ってきたことを実感できた瞬間であった。

少ないフリータイムで、ドバイの中心にあるバージュ・ハリファという
世界一高い160階建てのビルに登った。
周りを見渡すと、砂漠のど真ん中にいきなり大都市が生まれ、
今も進化を続けている。
わずか人口200万人。砂漠の真ん中に世界中の富が集められている。
国王のリーダーシップひとつでできた都市。

トップ、会社でいえば経営陣。
トップがやりたいことを明確に打ち出せば、この日本で、できないことはない。
今期から本格的に海外展開している。
世界一の医療グループだって決して夢ではない。
想いが強ければ。

2010年6月に閣議決定された『新成長戦略』にも明記されているが、
日本の医療・介護の産業はアジアや世界の医療に対するニーズに応える
国際的なグローバル産業に成長し得る。
また、必ずや高い成長と雇用創出にもつながる。
日本が「医療ツーリズム」を積極的に推進し、
海外からの患者さんを受け入れたいのなら、
日本からも海外に出て行かなければならない。

そういった意味でも、当社は医療・介護を産業ととらえ、
グローバル展開を進めている。

1000人の社員が本気になればできないことはない。
国難のこの時代。
当社が千葉の、日本のリーダーシップをとって
企業のモデルケースとして実績を打ち出せば、
必ずそれが「日本再生」に繋がる。
そう信じて、日々邁進している。

2011年08月08日

ボクシング

今年の春からボクシングジムに通い始めた。
週一度のリフレッシュは、健康に良いだけでなく、
ビジネス感覚を学ぶよい機会になっている。

先生は、三谷さん。
天才ボクサーと呼ばれた元東洋太平洋スーパーフェザー級チャンピオンだ。
スキンヘッドでかなり怖いのだが、気さくな面白い人で、
毎回の練習で話す会話も楽しみのうちのひとつだ。
「筋がいいね!」といわれて、年甲斐もなく調子にのってしまう。
かなりいい線いっているんじゃないかと錯覚を起こす。

ボクシングは、相手の力を利用するということが大事と先生は言う。
仕事にも通じているのではないか。
相手が力んでいるとき、これぞというタイミングで、自分のパンチを出す。
驚いたことは、この自分のパンチが意気込んだものでなく、
しなるようなもので良いということである。
先生は、「猫がじゃれるような」と表現していた。

力をこめて全力でぶつかれば勝てるわけではない。
戦い続ける場では、有効だと思われる最小の力で最大の効力を得て、
それを繰り返せるスタミナが必要になる。

本気で取り組む箇所も必要だろうが、すべてがそれでは駄目だということだ。


練習を始めてから、ボクシングに対するイメージが変わった。
以前は「努力」や「根性」という言葉が先行していたが、
今は、己をよく知りタイミングを見計らう「センス」が重要だと思っている。


まあ、こんなこと語りつつも、自分のパンチなんて、
ミットに当たらないことさえあるのだけども。
疲れてくるとガードが下がるため、なかなか思ったところにはパンチがでない。
年なのか。なんなのか。。。


自分の階級はバンダム級。
当面の目標は、来年7月の試合にでることだ。


三谷大和スポーツジム
千葉県八千代市八千代台東1-44-13 三谷大和スポーツジム
TEL 047-486-2476

三谷大和(みたに やまと)
第27,29代 元東洋太平洋スーパーフェザー級チャンピオン
第32代   元日本スーパーフェザー級チャンピオン

2011年07月12日

医療の倫理と企業の論理の融合

今日は、前回のブログで触れた「医療の倫理と企業の論理の融合」について。

企業の経営と医療法人の運営は、全く違うと考えている。
どちらが上か下かということでなく、
医師の治療に専念する意識と、その経営を成り立たせる意識は
同じくらい重いものであるから、
医療人に企業経営者の戦略的発想が生まれにくいのは当然のことである。


今は企業経営者だが、かつて歯科医師として
クリニックを経営、医療法人を運営していたからこそ、
それぞれの本質を芯から理解できていると思う。
どちらも経験している人は少ないのではないか。

すばらしい運営力のある医療法人もある、
その一方で経営が成り立たず苦しんでいるところも多い。
残念ながら日本には適正な利益を上げて継続的に運営していくことが、
イコール儲けるという悪い印象になりがちである。
非営利のイメージが強い分、それが利益主義だという批判を浴びるのかもしれない。

医療が人々の身の回りに当然に存在するのには、
あるレベルの収益性を確保しなければ成り立たない。
自分の生活する街に医療施設が充実していることは、誰もが望むことである。
運営がうまくいかず廃業に追い込まれる医院が増えれば、
身の回りから安心が消えていく。

それは大問題である。


そういう現状を踏まえて考えた構想が、
現在のデンタルサポートグループの企業理念に反映されている。

企業と医療法人、双方の力を合わせれば、
日本の医療は次代を支える産業として育てることができるはずだ。


医療法人に企業的発想を取り入れるためには、
まずは人材の確保が挙げられる。
医療法人では、経営面で優れた人材を確保することは容易ではない。
そこに株式会社の力を合わせることで、役割を分けることができ、
それぞれのミッションを全うできるようになる。

医療法人は、治療に打ち込み、
株式会社はそれ以外の部分(人材確保をはじめ、資金調達、経営戦略等)を担う。
それが、医療の倫理と企業の論理の融合に繋がる。
ふたつが一緒になることで生まれるメリットは大きい。


当社が丸の内にオフィスを開設したのは、人材を確保するためでもある。
実際にその効果は立証されている。
株式公開の理由のひとつも、それに同じく。

世間に積極的に進出して魅力ある企業となることで、良い人材もついてくるだろう。
今期から海外展開もスタートしている。

すべては人材ありき。

まさに人財である。

2011年06月20日

トータルリハセンター蒲田

今月初旬、リハビリ型デイサービス「トータルリハセンター蒲田」を視察した。
デンタルサポートの新規事業である。
「口腔機能の向上と身体のリハビリに本気で取り組む、
今までにないデイサービス」を提供している。

従来のデイサービスとの違いは、明確にある。
身体のリハビリに加えて嚥下訓練や口腔機能向上のプログラムを実践。
理学療法士と歯科衛生士が常駐し、医師や看護師、歯科医師、
そして介護スタッフが一体となる他職種協労体制で
全身の健康維持と身体機能の回復を図っている。
介護保険でカバーできる維持期のリハビリを兼ね備えているところは、
現況あまりない。
さらにそこに、デンタルサポートの強みである口腔ケアが加わっている。


ここを訪れて、直感的にピンと感じた。
すばらしい。これからのデイサービスは、こう在るべきだ。

ピンクと黒のトレーニングウェアスタイルのユニホーム、
内装は木目を基調に黒とグレー、差し色に赤を使ったフィットネスクラブのイメージで、
今までのデイサービスとは違い洒落た空間である。

また、リハビリ機器の中でも「レッドコード」と呼ばれるコードを使ったプログラムは、
体験していただいた全ての方に大好評だという。
実際自らも体験してみて、そう実感できた。

そして、ここの一番の魅力は、
スタッフや利用者が皆とてもいい笑顔をしていることだ。
その雰囲気が、プログラムの良さをさらにアップさせている。


将来的には、現況の口腔ケア、運動機能回復に栄養指導を加えた3つを柱にしたい。
デンタルサポートがすすめる歯科・医科・介護のワンストップサービスを
より良い形で提携できるだろう。

今後は当初の年間計画を大幅に修正して、開設することを考えている。
本質的なQOLの改善に間違いなく繋がるはずだ。


トータルリハセンター蒲田

2011年04月21日

被災地訪問 〜仙台〜

3月下旬、仙台に訪問した。
すぐにでも現地に足を運びたい気持ちを抑え、ようやく実現した。
当社は、仙台以外に岩手の津志田、釜石にも拠点があるが、
ガソリンの問題や、むやみに訪問することで生じる現地の負担等を考慮した。
今回訪問が叶わなかった岩手には、近いうちに足を運び
社員を激励したいと考えている。

この訪問は、人として、そして企業家として、大きく意義のあるものだった。
目に入るもの全てを疑いたくなるほど、言葉にならない光景が広がっていた。
先の見えない不安を抱えながらも一生懸命に頑張っている被災地の方々を見て、
自分に何ができるか、何をすべきか、改めて考えさせられた。
ボランティアや義援金はもちろんのこと、それ以上に
「日本再生」を掲げるデンタルサポートの役割を果たさなくてはいけない。


訪問して感じたことは、大きく分けて以下の3つ。

(1)会社の在り方“社会への貢献意識”
企業の究極の目的は、「社会への貢献」だと考える。
利益・事業を拡大するだけが目的ではいけない。
日本に存在する一企業として、この国難にどのように貢献できるか、
組織の強さや品格が問われる時期でもある。
福島第一原発で作業する東京電力の社員、自衛隊員などに
感謝の念を抱きながら、被災者に対して当社ができることを検討している。
大変な状況下で過ごしている方々に「夢と希望」を与えられる組織になるためには、
まず当社が元気でなければいけない。
そのためには、自分たちの生業をしっかりと確立していることは言うまでもない。
今後、当社の強みである歯科を中心としたボランティアを行う。
歯科医師・衛生士・歯科助手に加え、一般社員を適所へ派遣する予定だ。
治療が必要な方も多くいるだろう。
避難所生活の衛生面が整わないと口腔内に不快感・問題が生じ、
それがストレスや病気を引き起こす。
予防を目的とした口腔ケアも提供できればと考えている。


(2)企業のグローバリゼーション
経営拠点の一極集中は避けるべきだと改めて感じた。
自分が初めてそのような意識を持ったのが20年前。
その頃は、「関東圏に集中して利益率を上げたほうがいい」という助言を
頂く機会が多かったように思う。
しかし、当社は現在まで順調に全国展開を進め、今年度より海外に進出した。
より強い組織を形成するには、事業基盤、戦略が異なるものを
各所に展開するというリスクヘッジが必須である。
事業拡大することで信念がぶれては意味がないが、
いかなる災難にも勝てるように整えることは、国にとっても大事なはずだ。


(3)政治の重要性
天災による対応には、民間でできることには限りがあり、
やはり何においても政治ありきだということを痛感した。
様々な規制にとらわれて、スムーズに支援が行き届かないこと、
すばやい対応ができないということに、大きな問題を感じる。
今後、経営者と政治家がもっと意見交換をできるような場を設けることが必要だ。
日本経済を背負う企業家が、もっと積極的に政策提言をしていくべきと思う。
世界で日本の存在感が薄れていく中で、産業を活性化させることは急務だ。
また、一経営者として、志のある政治家を育てることも、大事だと考えている。
我々経営者がどんなに良い提案をしようとも、
一緒に日本の未来を描ける政治家がいなくては意味がない。
当然、立場が違えば、ぶつかることもあるだろう。
しかし、真剣に物事を話し合える場を設けることが大事だ。
政治家と企業経営者が互いに力を合わせ、よりよい日本を作り上げていくことに、
少しでも貢献したいと考えている。


今後、強い企業はより強くなるだろう。
震災の影響で経営が弱体化した会社を、体力のある企業が取り込む形で、
事業拡大していくことが考えられる。
当社としても、ワンストップサービスの確立を目指す上で、
日本の経済状況に応じて戦略を立てていかなくてはいけない。

今、まさに「日本再生」を本格始動すべき時期だ。
このたびの震災で失ったものは多々あるが、既存のものにとらわれず、
新しいものを作りやすい状況下にあることは確かだ。

当社の企業理念「医療の倫理と企業の論理の融合」が
国からも求められる時代になり、
当社はそのリーディングカンパニーとしての役割果たさなければいけない。

2011年03月10日

雪山

2月最初の土日に、百名山のひとつである信州の四阿山に登った。
メンバーは、倫理法人会の女性会員と当社元幹部社員の三人。

その日は、快晴で風もなく、雪山を登るには完璧なシチュエーションに恵まれた。
また、登山の途中に眺める景色も最高だった。
山の麓の草原が雪で覆われており、その美しさには息を呑んだ。


メンバーの男性は当社退職後、3年前に中国で独立し起業。
しかし武運及ばず、撤退を余儀なくされた。
その後帰国し、今回の登山を共にすることができたわけだが、
これも不思議な縁、2月21日から当社の社員として働いている。

この数年、異国の地で仕事に奮闘した彼の経験は、
素晴しいものであったと風貌が物語っている。
これからグローバル展開していく当社で力を発揮してくれるに違いない。


一度は退職した彼となぜまた働くことになったか。
やはりそれは、共通の目的を持った仲間だからだろう。

2月の雪山は、とても過酷だ。
女性は体力的にきついということで、途中下山。
後半は彼と二人で頂上を目指した。
晴天で恵まれた登山状況であっても、やはり雪山だ。
自然の脅威はつきもので、体力的にも辛い。
一歩間違えれば、万が一のことも起こりうる中、
助け合っていかなくてはいけない。
そのような状況下で、必死に頂上を目指す彼の姿を見て、
「もう一度一緒に仕事がしたい」と感じた。


夕暮れに下山し、一服。
今日の感想を言い合った後、彼からうれしい言葉をもらった。
「また是非一緒に」…私はすぐに快諾した。

同じ目標を持ちながら、過酷な環境下で時間を共有したことで、
お互い素直な気持ちになれたのだろう。
この日登山したからこそ、また一緒に働くことができたと感じる。


山登りは、会社経営と似ている。
さまざまな状況の中で厳しい山道を、
特に雪山を登って自分の進む道を取捨選択していくと、
そう思うことがある。
そのような観点から、当社では、幹部研修で山登りを取り入れている。


今回の彼の入社は、予想もしていなかった出来事であったが、
ビジネスは意外にそういったところで繋がることが多い。
目的や理想を共有できる仲間とは、腹を割って話すことができるからかもしれない。
今月末、雪で覆われた会津駒ケ岳を、千葉県知事候補と登る予定だ。
2月より寒さも和らぎ、また素晴らしい感動を得るだろう。

2010年10月07日

尖閣問題

先週は、尖閣諸島沖で起きた中国漁船の衝突事件と
その後の中国政府の対応を見て
この国とどう向き合えばいいのか考えさせられた1週間だった。
当社は来春、上海に子会社を設立する。
いつにも増して身近に感じた問題だった。

この「尖閣ショック」では、日本の外交力の無さが顕著に表れた。
外交力は成長産業や企業の海外進出支援に不可欠だ。
これを期に、日本は防衛のあり方を見直し、国際社会との連携を深めて
中国に自制を求める構図を築くことが重要だ。

また、経済界も過度の中国依存から脱却しなければならない。
当社も中国だけを考えてはいない。
上海はあくまでもアジア進出の戦略拠点だ。
ASEANやインドなどの地域にも広く目を向け
キャッシュや人材、インフラ、ノウハウ、技術などの資産を
分散してリスクを軽減する。
このたびの尖閣問題を通して、中国進出に怯むどころか
早急にグローバル化を進めていかなくてはならないと思った。

朝礼などで社員にも言っているが、このような問題はひとごとではない。
ましてや政治家だけの問題でもない。
冷戦終結から20年余り、世界は経済の激変期・政治秩序の組み換え期に入った。
これからは、目先の利益を追うことだけでは、企業経営は立ち行かなくなるだろう。
マネジメント能力のある経営者が、社会の公器として
政治を改革していかなければならない。
経営者も大局的な見地で物事を見て、考え、実際に行動することが大切だ。

理事長をつとめている「一般社団法人 政経倶楽部連合会」では
企業経営者が集い、「学び、伝え、育てる」ことにより「日本創生」を目指している。
政治家と経営者が対等の立場で一致団結して、
本気でこの国のあり方を変えようとしている。
設立から6年半、今年は千葉と福岡に支部を立ち上げる。
先週は博多の同志たちと設立について打合せをしてきた。
10/14にはグーグル名誉会長の村上憲郎氏を講師に招き、
千葉県支部設立を祝して記念講演会を開催する。
これからも活動の場を広げ、より多くの政治家や経営者と
日本創生に向け活動していこうと思っている。

2010年09月10日

中国進出の意義

このたび、歯科技工事業で中国へ進出することとなった。
来春にも中国・上海に全額出資子会社
「デンタルサポートチャイナ(仮称)」を設立する。

進出の足がかりとして、まずは上海市内に
歯科技工所と海外展開の戦略拠点を兼ねた事務所を設置し、
技工物の製作を始めることにした。
時期を同じくして、グループの医院・歯科医院を上海市または北京市で開業し、
現地の医療法人とも連携も深めながら、富裕層をターゲットに
高品質な歯科技工物を売り込んでいく予定だ。

また、国内の歯科技工部門の拠点「ヒカリ」では
最先端の技術で高強度のジルコニア製義歯を製作し、
輸出していくことも計画している。


中国は一人っ子政策による少子化の進行もあり
2020〜30年には全人口に占める65歳以上の割合が
14%を超える「高齢社会」に突入する。
昨年から総額8500億元(約11兆5,000億円)に及ぶ制度改革を始め、
医療保険の拡充などを進めているそうだ。
拡大する富裕層や中間所得層にとって
日本の高度な歯科医療技術へのニーズは強い。

翻って日本に目を向けてみると、
政府が発表した「新成長戦略」では
医療・介護・健康サービス分野の産業育成や雇用の創出、
アジア経済戦略を謳っている。
つまり、これからは医療・介護を国のコストとして捉えるのではなく、
そこに産業化という概念を吹き込まなくてはならないということだ。

904兆円の借金を抱え、円高・デフレの進行にあえぐ日本にとって、
今後、規制緩和などをテコに、政・官・民が一体となって、
「最先端の科学技術」や「モノづくりの伝統」など日本が持つ魅力を
海外へアピールしていくことが重要だ。

日本の歯科技工士の技術は世界最高水準と評されて久しい。
機能性が高いのはもちろんのこと、審美性にも優れている。
本物の歯と見紛うほどの色や形、透明感に仕上げることができる。
まさに職人技だ。
「安いものを大量生産」という時代は終わった。
日本の歯科技工士たちの「匠の技」とも言える素晴らしい技術を
「Made in Japanブランド」として世界に発信することで
縮小傾向が続く歯科技工界も、日本経済をけん引する産業になり得る。

高齢化先進国であるわが国だからこそ、アジアの模範形を示せるはずだ。
今後の当社の海外事業展開が、
アジアにおいては、人々が享受する医療・介護サービスの質の向上に寄与し、
日本においては、雇用の創出や歯科技工士の雇用環境の改善、
また、外貨を稼ぐことにより、低迷する日本経済の発展に貢献していくことで
当社が掲げる社是「日本再生」へとつながればと考えている。


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2010年05月27日

スウェーデンからの来客

5月6日、スウェーデン国内最大手オーラルケア社から
スウェーデン大使館を通して表敬訪問を受けた。
オーラルケア社はストックホルムに本社を置き、
スウェーデン国内の主要7都市で訪問歯科診療事業を展開し
年間4万人以上の患者を診療する国内トップシェア企業だ。

福祉大国と呼ばれるスウェーデンの歯科最大手企業が
「訪問歯科を大規模展開する世界でも数少ないリーディングカンパニーである
デンタルサポートに成功例を聞きたい」とはるばる極東までやってきたのだ。
これは異例のことである。

そして今回の情報交換は思いのほか内容の濃い話となり
多くの発見があった。
その一つが保険システムの違いだ。
日本の訪問歯科診療は歯科医院から半径16キロの範囲しか
診療に行くことができない(保険診療が適応されない)。
一方、スウェーデンには距離の規制はなく、
国内であれば100キロ以上離れた場所にも診療に行けるし、
歯科医師・歯科衛生士が泊りがけでルートを組んで診療に行くこともある。
スウェーデンではあくまで患者さんや利用者さんの立場で考えているが、
日本は医療提供者側の論理で制度が決まっている部分が多い。
医療・福祉に対する国の理念が、日本とは根本的に違うと感じた。

また、スウェーデンでは国を挙げて医療・福祉全般に非常に手厚い保護をしており
政府や行政がきちんと現場を視察した上で、話し合いによって制度を決めていくそうだ。
日本の行政関係者も書類やレセプトという紙だけではなく、
実際に現場に足を運び、自分の目で見て判断することが大切ではないだろうか。

ご存知の通り、スウェーデンは高負担・高福祉の国であり、
国民は高い税金を支払っているが不満はほとんど出ないそうだ。
それは医療・福祉が産業として成り立っており
国民が国の政策に納得しているからである。

超高齢社会に突入した日本。
国内市場の縮小が進み、内需の拡大は期待できない。
成長分野である医療・介護の産業化、
グローバル化を進めていくことは喫緊の課題だ。
日本でも国民が納得して納税できる政策の実現を望む。
またそれには、国の違いは問わず、
民間が積極的に取り組みリードしていく姿勢が大切であると再認識した。



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2009年10月20日

政権交代その後は・・・

10月20日の毎日新聞朝刊に私達の活動している
政経倶楽部」が取り上げられていた。
思ったより大きく取り上げられていて驚いた。

戦後「経営者は政治から距離を置いて経営に専念せよ」という
誤った洗脳を受けてきたが、むしろ逆ではないだろうか。
経営者がいい意味で政治に積極的に参加しなければ
この国はよい国にはならないと思う。
今のリーダーと言われる人たちには
経営感覚―つまり「経営」という人間性のすべてをぶつけて昇華させる芸術を
開花させる感覚―が欠如しているからである。

事業経営を通して地域や社会に貢献するということが実感できるまでには
相当な時間がかかる。
デンタルサポートも「訪問歯科診療サポート」という
新しいスキームで事業をスタートさせ
社会に認知されるまでに10余年の時間を要した。
政経倶楽部」も同様、立ち上げてから6年の歳月を経て
ようやく社会の意識が追随してきたように思う。

大切なことは、
どんなことがあっても理念・志を曲げずに掲げ続けることである。
政治家に政策提言をしても、一朝一夕には受け入れられないだろう。
重要なことは、明確な国家理念・国家戦略を持った政治家を
育て上げることであり、信頼する彼らに国政を任せることだ。

私達の活動の延長上には将来起こるであろう政界再編をふまえて
あらたな第三極へ移行していく可能性がないとは言えない。
21世紀の新しい政治・経済・社会システムを創造し、
心から誇れる日本を取り戻すために
その礎となる人材育成に尽力していきたいと思う。

2009年08月19日

政権交代前夜のマニフェストに思う

各党のマニフェストを読んだ。
自民・民主に限らずいずれも
8月30日のための戦術論にすぎないと感じた。
日本経済新聞の社説にもあったように、
財政再建どころか国家理念すら謳われていない。
少なくとも国会議員が知恵を振り絞って作ったものにしては
お粗末過ぎるのではないか。

著書にも書いたが
今の国会議員には、理念・戦略がない。
これまでの経済優先・米国追従という流れの中では
仕方のないことだったのかもしれない。

しかし、これからの時代は違う。
おそらく政権交代も実現するだろう。

その後、数年を経ずして、
自民でも民主でもない、本格的な保守系新党を立ち上げ、
混迷する世界での日本の立ち位置を明確にしていく必要があるだろう。
そのお手伝いを政経倶楽部で具体的に始めていこうと思っている。

2009年03月18日

銚子市立総合病院から千葉県再生 そして日本再生へ

先日、銚子市へ視察に行ってきた。
現地では地元の人達からいろいろな話を伺うことができた。
そこで分かったことは、
銚子市立総合病院の問題は想像以上に根が深いということだ。
リコール選挙などの政治的な問題も内包し複雑に絡み合っている。
単なる病院再建という話ではない。
しかしこれは銚子市に限らず千葉県、ひいては日本の現状にも
通ずるのではないか。
根本的にはすべて財政の問題なのだ。

今もなお、世界経済はサブプライムに端を発した未曾有の経済危機から
抜け出す糸口すら見出せない状況だ。
地方も国も、医療・経済・財政と喫緊の課題が山積している。
これはしかるべき指導者のもと、国民が一体となって
解決してゆかねばならない。
しかし残念なことに、現代は経営感覚をもったリーダーがいない。
さらにトップが市や県の職員、官僚をうまく動かすこともできず、
目先の利益や権力闘争に明け暮れている。
今こそ民主的に選んだリーダーには従い、国民が一丸となり、
国難を乗り切るために知恵を出し合わなければならない時期に
きているのではないだろうか。


こうしたなか、千葉県知事選挙が幕を開けた。
今回、盟友である「吉田たいら」が堂本知事の後継として立候補した。
彼は高校時代の同級生の弟であり、私にとっても弟のような存在だ。
特にここ十年来は、経済のみならず、
政治、歴史、倫理などの勉強や実践を共にしてきた。
「吉田たいら」は私が今まで出会ってきた何万という人々のなかでも
群を抜いて純粋な男である。
直接、彼に接したことのある人にはお分かりいただけるだろう。
「吉田たいら」は愚直なまでに真剣に、千葉と日本の将来を考え、
公のために、自分の身を賭して働こうとしている。

彼の行動を見ているとまだまだ至らない点も多い。
しかし「吉田たいら」はいわば宝石の原石のようなものだ。
財政再建、医療(特に予防医療)、福祉、教育、農業、商工業と
今、千葉県が抱えている深刻な問題に本気で取り組み、
解決へ導いてくれるものと確信している。
次代に向けて、彼の可能性を信じ育てていくということが
大切なのではないだろうか。

そしてこの流れを日本再生へと繋げてゆかなくてはならない。
なぜなら、千葉県は日本の縮図だからだ。
戦略的に再生することができたならば、
その時、日本再生のモデルケースとなるだろう。

2009年01月05日

2009年 年頭のご挨拶

あけましておめでとうございます。
謹んで新春のお喜びを申し上げます。

昨年は皆様もご存知の通り、リーマンショック以降、
世界同時不況・株価の乱高下と大変な一年だった。
日本においてもその影響は実体経済にも出始め、
相次ぐ企業の倒産、雇用の削減とその影を落としている。
今後、経営環境はますます厳しさを増していくだろう。

しかし、デンタルサポートグループではこのような情勢を逆にチャンスと考えている。
2009年はグループとしてさらなる挑戦をしてゆく。
まず、今月は春日部にデンタルクリニックを新規開業、
2月には柏に医科のクリニックを開設、
さらに4月に福岡にデンタルクリニックを開業する。
その他、盛岡の介護施設M&A案件、高槻(大阪北東エリア)での歯科医院開業、
銚子市立総合病院の運営に手を挙げる・・・など、
新規案件が目白押しだ。
さらに、もう一つ、今年度の目玉としては
技工部門でのCAD/CAMによるグローバル展開がある。

世間ではピンチと呼ばれているこの時期こそ
実は企業にとっては好機となる。
なぜなら、中小企業へも今まで採用できなかった良い人材が流れてくるし、
今まで以上にその企業の真価が厳しく問われるからだ。
これからは医療・介護業界を社会保障、
すなわちコストとして捉え抑制するのではなく
クリエイティブな産業として捉えていかねばならない。
デンタルサポートのフィロソフィーである
「小医は病を癒し、中医は人を癒し、大医は国を癒す」も
その考えを表しているものだ。

新年という節目に中期目標である
「3年後にグループ連結売上100億円」を必ず達成すると心に誓った。
歯科・医科・介護をつなぐワンストップサービスの早期実現に向け
誠実に、一歩一歩着実に、取り組んでいく。
このような時期だからこそ、
積極果敢に地域経済や日本経済のけん引役を努めていきたい。
患者さん・利用者の立場に立った質の高い医療・介護サービスを提供すること、
地域活性化を支えること、
それがデンタルサポートグループの使命である。

2008年10月02日

介護へ本格参入

昭和62年に歯科医院を開業、
平成3年に医療法人を設立し理事長となった。
この10年間、私は開業医として外来診療に従事した。

その後、平成10年にデンタルサポート株式会社を興し
会社経営に携ることとなる。
この10年間、訪問歯科診療サポート業務という
新しいビジネスモデルを軌道に乗せ、
一人でも多くの患者さんの元へ診療に行けるよう走り抜けた期間だった。
私の立場は開業医から経営者へとシフトしていった。

そしてこれからの10年、
介護と医科を柱とした新しいフィールドに挑んでいく。
実は在宅医療の立ち上げについては、
2〜3年前からそのスキームを模索していた。
しかし分かったことは歯科の分野からダイレクトに医科の世界に入っていくのは
難しいということだった。

これまで、訪問歯科診療サポート業務の中で
多くの在宅や施設の患者さんと向き合い感じたこと、
それは現場ではまだまだ口腔ケアの必要性が認知されていない
という現実だった。
誤嚥性肺炎や胃ろう、認知症の進行は、高齢者自身のQOLを著しく低下させる。
同時に、医療費の増加に拍車をかける。
もはや歯科だけで解決できる問題ではない。
医科や介護と連携を図らなければならない。

今回、当社は新たに在宅介護というフィールドを確保した。
将来的には在宅医療への橋渡しとなるだろう。
と同時に医療・介護業界の中での
歯科医師の社会的な必要性や重要性を高めたい。
昨春から始まったメタボ検診でも歯科医師の出番は少ない。
医療界において歯科医師の存在は、軽視されているという感は拭えない。

今回、歯科の世界からの介護事業参入により、
外来診療も含め歯科医師がいかに重要な役割を担っているのかということを
さらに社会に向けてアピールしていきたい。

そしてさらに、だれもが安心して在宅医療や介護サービスを享受できる
コミュニティを作りたいと考えている。
それは歯科医師だけでは難しい。
行政とのパイプ、病院・診療所やデベロッパーとの連携も不可欠である。

地域の活性化は、そのまま千葉県の活性化へとつながる。
そうすれば必ず日本が良くなるだろう。
つまり高専賃への参入も最終的には
当社の社是「日本再生」に繋がっているのだ。

これからの10年がまさに正念場である。

2008年07月31日

最後の砦

現在、企業や官僚の不祥事、
目を覆いたくなるような凶悪事件が多発している。
以前では考えられなかったような惨劇が日常的に起こり
その頻度はますます増加の一途を辿っている。
教育制度が悪いだとか、社会のシステムが悪いという
安直な理由だけでは済まされない。
根本にあるのは「心の問題」である。

このような時だからこそ、我々大人がしっかりしなければならない。
当社は社是に『日本再生』を掲げ、
この国が本来あるべき姿へと転ずる一助となりたいと思っている。

そもそも企業の役割とは、事業そのもので社会に貢献し、
雇用の安定供給を図り、納税によって地域や国の発展に寄与することだ。
これらはどれももちろん企業が負う重要な責務である。

しかしそれだけではない。
家庭、学校での教育が崩壊しつつある今、
職場こそが人間教育の現場であり
ここでの経験は働く者たちの能力のみならず
人間的な部分を成長させる。

当社では業務のかたわら読書をすること、
特に歴史に学ぶことを推奨している。
先日、社内に書棚を設置し優良図書の貸出も始めた。
先哲の書を読みその叡智にふれることは
必ずや社員の心に種を蒔き花を咲かすだろう。

また、人間教育の現場という役割を果たすためには
社内風土の醸成も肝要だ。
役員を始め上の者が毅然とした態度、範となる姿勢で何事にも臨む。
そのような環境の中で少しずつ影響を受けながら
下の者たちはモラルや倫理観といった
現代人にとって必要不可欠な要素を涵養してゆく。

つまり企業というのは人間教育の最後の砦なのだ。

当社で働く社員一人一人が
人間的成長を遂げてほしいと心から願っている。
社員が善くなれば、会社が善くなってゆく。
そのような企業が増えれば必ずや『日本再生』に繋がっていく。
そう信じている。

2008年04月04日

MTB

もう6年も前のことだろうか。
ある大手証券会社で当時医療法人を担当していたY氏と仕事の話をしていた。
ふと話題は互いの趣味の話になった。

私の趣味は四駆で、特に林道を走るのが好きだと答えた。
「それは私と合いますね!」とY氏。趣味はMTB(マウンテンバイク)だという。
…どういうことだろうと考えていると、“林道を走る”ことが共通しているのだそうだ。
 
それから数日後、何がなんだか訳も分からないまま
一泊二日のツアーに連れていってもらうこととなった。
たしか平成14年2月のことである。
場所は高尾山〜陣馬山の奥多摩周遊コース。
奇しくも雪の中でのデビュー戦となった。
マウンテンバイク マウンテンバイク
一歩林へ入ると道は自然そのもので、自転車で走れる所は少ない。
雪がちらつく林道を、自転車を押しながら登っていく。
悪路では重さ10キロはある自転車を担いで進む。
これは初心者にとって相当きつい。
まだ半年前に受けた手術の傷も完全には癒えていない。
真冬にもかかわらず、汗だくになりながらY氏についていった。
氏は私よりも3〜4歳年上だが、その体力には敬服するばかりだ。
振り返れば私達は山中で6〜7時間も自転車を押したり担いだりしていた。
ものすごく苦しかったが不思議なことに
その苦しみは次第に爽快感へと変わっていった。
愛車を担ぎ斜面を上がるとそこには素晴らしい景色が待っていた。
頬にあたる風が心地いい。
静寂に包まれた山の中で木々の息吹を感じ、新鮮な気持ちになる。
こんな爽やかな心地を味わったのは、学生時代にやっていた野球以来だ。

それ以来、MTBにはまってしまったのである。
今では、年間10回は関東甲信越の低山へ行く。
MTBは脚力のみならず、自転車を担ぐことにより上半身も鍛えられ、
また、俊敏性やバランス力なども培うことのできる最高のスポーツだと思っている。
こうして私は新たな趣味としてMTBを楽しむようになった。

マウンテンバイク マウンテンバイク


ところが、昨年1月に雲取山で滑落し右足腓骨を骨折。
冬山でのソロツーリングだった為、きわどいところで生還できた。
その後2ヶ月ほどは杖をつく生活を余儀なくされた。
九死に一生を得るような経験をしてもなお、いまだにMTBを続けている。
それだけの魅力はある。

マウンテンバイク マウンテンバイク

日常の喧騒から離れ、清らかな空気の中、両足に力を込めペダルをこぐ。
Y氏との会話はもっぱら山のことだが、時折仕事のことにも及ぶ。
実はそういうところで瞬間的に話したことが、事業の戦略に結びつくことがある。
会議室や応接室で話すのとはまた違う。おそらく直観力が冴えているのだろう。
私は幾度となくそれを経験した。
次のMTBツーリングではどんなひらめきが生まれるのだろうか。
今からとても楽しみだ。

マウンテンバイク

2008年02月01日

トータルヘルスから在宅ケアまでのイノベーション

先日決定したコーポレートメッセージである。
社内公募を行いグループ社員から意見を募ったが
十分に趣旨が伝わっていなかったようで
イメージ的なフレーズでの応募が相次いだ。
選考にあたった役員3名で協議した結果、
「大企業であれば“抽象的な言葉”“キレイな言葉”でもいいが、
まだまだ知名度の低い会社であるし、どんな企業なのかを簡潔かつ
具体的に表現した方がいいだろう」
という意見で一致した。
検討を重ね応募作品を編纂し今回のメッセージが誕生した。

それにしても今回の公募にはグループ社員、実に125名からの応募があった。
それぞれがコーポレートメッセージとそのメッセージに込める想いを寄せている。
その一つ一つを読み、思わず目頭が熱くなった。
…皆、こんなにも会社のことを考えていたのか。
一人一人のメッセージに託した熱い想いから社員達のまっすぐな気持ちが
ひしひしと伝わり胸が熱くなった。
実際に現場に出ている彼らは患者さん・ご家族・利用者の方々と向き合いながら
歯科・医科・介護の連携―その重要性を肌身で感じ、
さらに貢献するにはどうしたらいいか、真剣に考えている。

選考では抽象的な表現をあえて外したため
一つのメッセージを選びとる事はできなかったが
せっかく寄せられた社員達の熱い気持ちに応えたいと思った。
そこで急遽、社長賞・役員賞を設け、特に感動したものを新年会で表彰した。

普段、なかなか社員一人一人と直接話をする機会が持てないでいたが
今回の公募を通じ社員達の心にある愛社精神や
医療・介護事業に対する熱い想いに触れとても感動した。
そして私自身、多くを教えられた。
公募して本当に良かったと思う。


■社長賞
事業部営業課 西東京エリア コーディネーター 井上真輔
『人と人とのつなぎ役』
社会は『人と人とのつながり』によって成り立っているのだと考えています。
デンタルサポートはその『人と人』とをつなぐ『つなぎ役』であると
日々仕事をしながら実感しています。
実際に訪問歯科診療の現場においても、患者様・患者様のご家族・
歯科医師・歯科衛生士・病院・施設と多くの人々の間に入り、
日々、『人と人とをつないでいる。』のだと考えています。
私は、『人と人とのつながり』とは人を豊かにするものであり、
同時に社会で生活していく上で最も大切なものであると考えています。
医療・介護は直接的に人と向き合うことが必要となります。

■役員賞
事業部営業課 谷田部浩之
『ひとをつなぐ、いのちをつなぐ。』
“ひとをつなぐ”でデンタルサポートが患者様と『医科』・『歯科』・『介護』の世界の
垣根を越えた架け橋となることへ挑戦することを
“、いのちをつなぐ”でそのことがひいては患者様一人ひとりの生命(健康)の
維持のために必要不可欠な存在になることを広く社会に対し宣誓する。
最後の“。”はより強い決意を表す。

■役員賞
事業部医療運営課 大久保勇介
『理想のQuality of lifeをかたちにする』
デンタルサポートが「歯科」「医科」「介護」というサービスを
サポートするにあたり、分野に関係なく、それに携わる全ての人々の
満足いく生活をもサポートするという意味を込めている。
全ての人々とは、グループ全体の従業員(デンサポ社員、三上社員、
医療法人スタッフ・訪問医療スタッフ・介護事業所のスタッフ)と
患者様、患者の家族、訪問先の利用者、入居者、そのご家族、
訪問先施設のスタッフなど全ての人たちの生活(理想のQuality of life)を
サポートする。
暗く沈んだ社会全体を「日本再生」の心で「病・人・国」を癒し、
理想のQuality of lifeの実現をサポート(かたち)にする。


コーポレートメッセージ

2008年01月07日

年頭のご挨拶

あけましておめでとうございます。
謹んで新春のお喜びを申し上げます。


おかげさまで昨年度は
歯科医院を開業して20周年を迎えることができた。
「20年」という1つの節目を越え、
今年、デンタルサポートグループは
さらなるステージへと踏み出していく。

今年度の大きな事業は3つある。
・2月からの高齢者専用賃貸住宅(高専賃)事業への参入
・在宅医療
・歯科技工におけるCAD/CAMシステム導入
これらを通して
「歯科」「医科」「介護」がスムーズに連携し、
患者さんの健康管理から日常生活まで全てをカバーできる
「トータル医療サービス」の確立を目指していく。

新しい分野への挑戦となるが
そこで一番大事なものは『人』である。
戦略を考えることは言うまでもなく必要だが、
私たち経営者を含めリーダーがやるべき最大の仕事は
『物事の本質を学び、人間を磨く』ことだ。
そのためには
『歴史に学ぶ』
『先哲の書を読む』――これに尽きる。

トップが輝いていれば
自然に優秀な人材が引き寄せられ戦術・戦略は出来上がっていく。
経営者の方々や従業員の前でこの話をしているが、
残念なことに99%の人は実践に移すことをしない。

良くも悪くも、
グローバリゼーションが蔓延している現代において
格差社会はさらに進み、
1%の勝ち組と99%の負け組が
できるだろうと言われている。

結果的にはその比率が反映されているのではないだろうか。
全ては実践するかしないかにかかっているのだ。

かくいう私も一凡人に過ぎない。
今、佐藤一斉の「言志四録」を読んでいる。

『先哲の書を読み、歴史に学ぶ』

これからも私は必死に学び続ける。
遥か昔に先人が残してくれた金言に触れ、
物事の本質を学ぶ。
生涯、学び、自分という人間を磨き続けたい。
それが事業繁栄につながっていることを実証したいと思う。

2007年12月07日

企業の社会的役割

先日、中学の同窓会に行ってきた。
出席者は70名ほど、実に35年ぶりの再会であった。
そこで恩師からこんな話を聞いた。

「“教師の質”というものは今と昔を比べると、
昔の方が悪かった。むしろ今のほうがいい。
教育崩壊の元凶は、今の子供たちの親とそれを煽るマスコミにある。」

…なるほどと思った。

企業というのは「人間教育」の最後の砦である。
青少年の教育崩壊が叫ばれているが
大半の若者が人間教育をされないまま社会に出ている。
朝から晩までパソコンとにらめっこして実務をこなすことだけが
企業のあるべき姿ではない。

我々経営者が公器において人間教育を社会的役割とし
範を示さなければならない。
青少年が引き起こす凶悪事件、企業・官僚の目に余る不祥事など、
すべてはモラルや倫理観の欠如、責任感の喪失に起因している。

経営実務も大事であるが、
トップ層にないと言われる「モラル・倫理観」をまずはリーダーが率先垂範し、
企業の社会的責任を担っていかなくてはならない。


また、「少子化問題」も日本において重要な課題だ。
経済・財政・年金・医療など国内に山積しているすべての問題に
大きく影響を及ぼしている。
先日、扶養家族手当に関する社内規定を改定した。

変更前:
第二子まで一子につき毎月5,000円支給。第三子から支給なし。

変更後:
第二子まで一子につき毎月5,000円支給。第三子は10,000円支給。
以降一子につき5,000円ずつ加算支給。

今後も社員の働きやすい環境づくりを進め
少子化対策の一助となるよう前向きに取り組んでゆきたい。

――社員に元気・夢を与える。
それには経営陣がビジョンを語り、夢を語り、健康であること。
当社の役員は山登りやMTBをしたり、心身一如の修行に励んだりと
様々な努力をしている。
新春には社員有志参加の登山も計画中だ。
よりよいコミュニケーションを図りながら
若い社員に“先を見せる”“将来を渇望する”社内風土の醸成に
努めてゆこうと思う。

2007年10月09日

君は30年前のF1グランプリを見たか?

先日テレビでF1日本グランプリを見た。
富士スピードウェイでのF1開催は30年ぶりとなる。
実は30年前、当時20歳だった私は友人と富士へ行き、
前回のレースを観戦したのである。
そのときの記憶が鮮明に蘇る。

第1コーナーで観戦していた私の目の前で、
突然車体が宙を舞い観客席に突っ込んだ。
一瞬の出来事だった。
カナダ人F1ドライバー ジャック・ヴィルヌーブの父、
ジル・ヴィルヌーブのフェラーリからの第2戦だった。
ジルのフェラーリ312T2がロニー・ピーターソンの
タイレル(ティレル)P34に乗り上げ、
そのまま車体はものすごい勢いで回転し客席へ。
観客2名が犠牲となった。
その当時一番好きだったドイツのニキ・ラウダは出場しておらず、
そのレースで優勝したのは確かマクラーレンのイギリス人ドライバー
ジェームス・ハントだったか。
事故の渦中の2人も後に、ロニー・ピーターソンはイタリアで、
ジル・ヴィルヌーブもベルギーでレース中に事故死した。

当時20歳の歯科大生である私は、
目の前で繰り広げられるF1のスピード、ブレーキの減速力のすごさに感動した。
その圧倒的な迫力に
「これは歯医者なんてやってる場合じゃない!自分もFJ1600をやろう!」と
真剣に考えたものだ。
まあ、実際には地元の名門チーム「習志野レーシングチーム」に入ったのだが…

現在では4WDのレースに参戦している。

4WDレース 4WDレース

今思えば、30年前の日本グランプリよりもっと昔、
富士の第1コーナーは30度バンクだった。
あのバンクを完璧に制したのは、ジャッキー・スチュワートだけだったと記憶している。
かつて多くの日本人ドライバーがあのバンクで命を落とした。
昔はセーフティーゾーンもほとんどないに等しく、
現在のようにモノコック構造なども発達していなかった。
ドライバーにとってはまさに命懸けのレースであり、恐怖感との戦いだったと思う。
命を懸けることが誇りであったし、見るものはそれに魅せられたのだと思う。

懐かしい思い出にふけった休日だった。

2007年09月10日

夏山に思う

8月27日より夏季休暇をもらい、車に私と中原取締役の自転車を積み
フェリーで北海道に行ってきた。
まず初日は中原と日本百名山の一つ羊蹄山に登った。
翌日は自転車で支笏湖の周りをサイクリングし、
3日目に私は家族と合流し中原は自転車を担ぎ十勝岳へ、
私と義理の父は大雪山系の旭岳へとそれぞれ別れ登頂した。
 
羊蹄山頂上の火口をバックに

この期間中原とは丸2日一緒に過ごし、
飲みながらじっくりと語り合うことができた。
やはり話題は自然と仕事のことになる。
彼が代表取締役を務める子会社・三上歯科商店(札幌)に
先月入社した管理部長は、最終的に会社を任せるに足る人材であり
三上の前途は明るいということ、
当社技工部長の磯野より「独立し、中国で志を貫きたい」
という申し出があったことなどを話し合った。

これまで技工業界とのしがらみもあり、
当社としては中国進出に二の足を踏んでいたので、
磯野の独立/中国進出を歓迎し快諾した。
これは当社にとっても、挑戦を決意した磯野にとっても非常にいい話であり、
これからも資本参加を含め協力してゆこうという結論になった。

2007年08月22日

コムスン分割譲渡

新聞報道などでご存知の方も多いかと思いますが、
コムスンの分割譲渡に手を挙げた。
趣旨は
1.「治療も含めた広義の口腔ケアが、高齢者のQOL向上に
いかに重要であるかを立証したかった」
2.「訪問医療の足がかりにしていきたいと思った」
ということです。

結果はどうなるか分からないが、今回手を挙げたことにより、
当社の方向性を対外的にも社内にも示すことになったので、
意義のあることだったと思っている。
今後もチャンスをいただければ、
前向きに取り組んでいきたいと考えている。

2007年07月22日

九州巡行の旅 その2 天を見て仕事をせよ

福岡の帰りその足で熊本市内で開業している後輩を訪ねた。
久し振りに酒を酌み交わすうちに彼が言った。
「今まで先生のグループでお世話になろうと思ったことは
何度もありますが、評判が極めて悪いんです。
経営が破綻するとか行政に目を付けられてるとか」
私は大笑し
「何か今まで歯切れが悪いし様子が変だと思ったよ。
確かに事業経営だからいろんな事があるし
グループ医院はしょっちゅう個別指導を受けてるよ。
だけど指摘されたことを真摯に受け止めて改善していけば
何の問題もないよ。訪問診療は高点数なのは当たり前だからね。
今期のグループ連結売り上げ50億、経常利益3億5000万が全ての結果でしょ。
それ以上でもそれ以下でもない訳よ。
人の言ってることや噂を気にしてたら開拓者にはなれないよ。
人を見ずに天を見て経営をすれば全てうまく行くのよ」
という話をした。
彼はまず技工取引から始めたいということであった。

今回感じたことは歯科業界の発想の貧困さである。
国内だけでパイを取り合ってないで世界に目を向ければ、
日本のハイレベルな歯科医療や技工を求めている
国は沢山あるのにということである。

と同時に当グループは世界戦略を実行していかなければと思った。
来春までには動きが出ると思いますが・・・

2007年07月04日

九州巡行の旅 その1

私の所属する倫理法人会の講話のため福岡にでかけた。
当地会長の大島修治さんは、11年前自身が経営する会社に
押し入った暴漢にガソリンを浴びせられ
全身の6割に瀕死の大やけどを負い
5度の危篤状態から生還し、10数回の移植手術を受けた。

遭難の日を命日とし今までの傲慢だった人生を清算、
新たに誕生日として生まれ変わったのだという。
凄まじい体験を通して築き上げた経営理念、人生哲学に
逆に感動と励ましを頂いて帰って来た。
お会いするのは二度目だが
あらためて世の中にはすごい人がいるのだと思った。

翌日は熊本に住む、大学の後輩を尋ねたが詳細は次回に。

2007年07月01日

訪問医療事業への参入

先日(6月19日)初めて在宅医療の現場を体験した。
元私立医大救急医療助教授の先生と同行見学をすることが出来た。

三件目でいきなり看取りのケース。

人体解剖実習以来の御遺体を前に少々ビビるが、担当ナースの涙に感動した。
五件目肺気腫でも煙草をやめられない父親に悩む御婦人。
七件目肝硬変でも遺書を壁に掛けながら酒をやめられない独居老人。

訪問医療には人生と医療の本質が凝縮されている。

企業理念の「医療の倫理と企業の論理の融合」。

自分の残りの人生を訪問医療の事業化に賭けようと思う。